この記事の要点:カスハラ対応マニュアルは、定義だけをまとめた冊子ではありません。現場の初動、電話対応の例文、責任者へ引き継ぐ条件、記録、相談窓口、従業員保護、警察・弁護士等への連携までを、実際に使える対応要領として整えることが重要です。
カスハラ対応が義務化されるのはいつ?
改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、カスハラを防止するために必要な措置を講じることが全国の事業主の義務になります。厚生労働省は、事業主の方針の明確化、相談体制、事後の迅速かつ適切な対応、抑止のための措置などを示しています。
東京都では、これに先立ち、2025年4月1日に東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が施行されています。条例は顧客等の正当な権利を不当に侵害しないことにも配慮しており、企業には「苦情を排除する」のではなく、顧客と働く人が互いに尊重される環境づくりが求められます。
法律上のカスハラを判断する3つの要素
厚生労働省は、職場におけるカスタマーハラスメントについて、次の3つの要素をすべて満たすものと示しています。
- 行為者:顧客、取引先、施設利用者など、事業に関係する者の言動であること。
- 言動の相当性:業務の性質その他の事情に照らし、社会通念上許容される範囲を超えていること。
- 就業環境への影響:その言動によって労働者の就業環境が害されること。
商品不良への改善要求など、要求内容に理由がある場合でも、暴言、脅迫、人格否定、土下座の要求、執拗な繰り返しなど、手段や態様が社会通念上不相当であれば、カスハラに該当する可能性があります。一方、会社にとって不都合な意見を一律にカスハラ扱いしないため、要求内容と伝え方を分けて確認します。
カスハラ対応マニュアル・対応要領に入れたい10項目
1.経営者の基本方針
顧客の声には誠実に対応しつつ、社会通念上許容される範囲を超える言動には組織として対応し、従業員を守ることを明文化します。
2.カスハラの定義と判断基準
法令や指針の定義に加え、自社の業務で起こりやすい行為を例示します。単語や声量だけで判定せず、要求の妥当性、手段、頻度、時間、就業環境への影響を総合して判断します。
3.最初の聞き取り手順
相手の氏名・連絡先、日時、対象の商品・サービス、具体的な要求、発生経緯を確認します。事実を確認する前に、会社の責任や補償を確約しないことも共有します。
4.電話・対面で使う対応例文
現場が迷わないよう、確認、注意、責任者への交代、対応終了の各段階で使用する文言を用意します。実際の文言は、自社のサービス、顧客層、契約条件に合わせて調整します。
5.エスカレーションと対応終了の基準
暴言が続く、危険を感じる、長時間化する、同じ要求が繰り返されるなど、現場から管理職へ引き継ぐ条件を具体化します。誰が対応の中止、退去要請、取引上の措置を判断するのかも定めます。
6.記録と証拠の管理
日時、要求、具体的な言動、会社の回答、同席者、従業員への影響、次の対応を共通様式で記録します。電話録音やカメラ映像を利用する場合は、利用目的、保存期間、アクセス権限、個人情報の取扱いを決めます。
7.社内相談窓口
相談先と担当者を決め、カスハラに当たるか判断が難しい段階でも相談できることを周知します。相談を理由とする不利益な取扱いを行わないこと、プライバシーを保護することも明示します。
8.被害を受けた従業員への配慮
安全の確保、担当者の交代、業務負担の調整、心身の状態確認、必要な相談先の案内を行います。報告書作成が負担になる場合は、聞き取りを複数名で行うなど、苦痛を増やさない方法を検討します。
9.警察・弁護士等への外部連携
暴力、脅迫、つきまとい、不当な金銭要求、業務スペースへの侵入など、通常対応を超える事案の連絡先と判断者を決めます。緊急時は社内手続よりも人命と安全を優先します。
10.研修・事後検証・改訂
マニュアルを配布するだけでなく、電話や窓口の場面を想定したロールプレイを行います。事案発生後は、担当者を責めるのではなく、商品説明、契約条件、窓口設計、マニュアルの改善点を検討します。
カスハラの電話対応で使える例文
次の例文は一般的なひな型です。機械的に読み上げるのではなく、まず事実と要望を確認し、自社の対応方針に沿って使用してください。
事実と要望を確認する
「ご不便をおかけしている状況を確認いたします。いつ、どのサービスで、どのようなことがあったか順番にお聞かせください」
暴言などをやめるよう求める
「内容を確認し対応いたしますが、そのような言葉が続く場合は対応を継続できません。落ち着いてお話しいただけますでしょうか」
責任者へ引き継ぐ
「私の判断だけではお答えできない内容です。責任者へ状況を共有して確認いたします」
電話対応を終了する
「先ほどお願いしましたが、暴言が続いているため、当社の対応方針に基づき本日の通話を終了いたします。必要なご案内は改めて会社からご連絡します」
危険が迫っている
脅迫や危険を感じる言動がある場合は、相手を刺激しないよう安全を確保し、責任者や警察への連絡など、事前に決めた緊急時の手順へ移ります。
電話録音・AIは「判断を支える道具」
電話録音、文字起こし、AI要約などは、「言った・言わない」を減らし、管理職が状況を確認する助けになります。また、担当者がつらい内容を何度も思い出しながら報告書を書く負担を軽減できる可能性があります。
ただし、AIの判定だけでカスハラと決めたり、自動生成された要約を事実確認なしに証拠として扱ったりすることは避けます。誤認識や文脈の欠落を人が確認し、録音データ・文字起こし・判断記録を適切に管理する運用が必要です。
病院・公務現場・電話窓口の業種別ポイント
病院・医療・福祉
患者や家族の不安、病状、認知症や障害特性などを踏まえた対応が必要です。医療へのアクセスを不当に妨げない一方、暴力や威嚇から職員と他の患者を守る必要があります。診療部門、医事部門、安全管理、警備などが連携し、緊急性と医療上の必要性を含めて組織で判断します。
行政・公務員の窓口
行政窓口では、公平で継続的なサービス提供と職員保護を両立させる対応要領が必要です。説明を尽くした上で、同じ要求の執拗な反復、暴言、長時間拘束などが続く場合の責任者交代、対応中止、警備・警察への連携基準を定めます。
コールセンター・サービス業
長時間の電話、複数窓口への繰り返し、担当者指名などを把握できる記録設計が重要です。通話時間だけで自動的に打ち切らず、要求内容、言動、過去の対応履歴を確認して判断します。
法人取引・BtoB
取引上の力関係を理由に、現場担当者へ過度な要求が集中することがあります。営業担当だけに交渉を任せず、契約、発注、品質、法務、人事などの関係部門へ引き継ぐ基準を整えます。
カスハラ対応マニュアルのセルフチェック
- 経営者の基本方針と従業員を守る姿勢が明文化されている
- 正当なクレームとカスハラを分ける判断基準がある
- 電話・対面での注意、交代、対応終了の例文がある
- 責任者へ引き継ぐ条件と連絡方法が決まっている
- 事実、対応、影響を共通様式で記録できる
- 判断が難しい段階でも利用できる相談窓口がある
- 相談者のプライバシーと不利益取扱いの禁止を明記している
- 警察、弁護士、産業保健など外部連携の基準がある
- 業種固有のリスクを反映している
- 研修と定期的な見直しを行っている
よくある質問
カスハラ対応マニュアルには何を書けばよいですか?
基本方針、定義と判断基準、初動、電話・窓口の対応例、責任者への引き継ぎ基準、記録方法、相談窓口、従業員保護、外部連携、研修と見直しを記載します。
カスハラの電話対応を終了する例文はありますか?
暴言などが続く場合は、会社の対応方針に基づき、改善されなければ通話を終了することを予告した上で対応します。例文は、自社の業務や顧客対応方針、必要に応じた法的助言に合わせて定めます。
病院や行政窓口でも同じ対応要領でよいですか?
基本構成は共通しますが、医療へのアクセス、患者や利用者の状態、公平な行政サービス、緊急性など、業務固有の事情を踏まえて判断・引き継ぎ基準を調整する必要があります。
マニュアルを「現場で使える盾」にする
カスハラ対応マニュアルは、顧客を排除するためのものではありません。正当な意見を改善につなげながら、許容範囲を超える言動から従業員を守り、対応の長期化や深刻化を防ぐための共通基盤です。
まず、自社で決まっている項目と、担当者個人の判断に任されている項目を整理してください。
参考情報
- 厚生労働省:職場におけるハラスメントの防止のために
- 厚生労働省「あかるい職場応援団」:業種別カスタマーハラスメント対策の取組支援
- 厚生労働省:医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策
- 東京都:カスタマーハラスメント防止対策
本記事は2026年8月28日時点の公表資料をもとにした一般的な情報です。個別事案の法的判断、就業規則や契約条項の作成については、弁護士や社会保険労務士などの専門家へご相談ください。